タネから教わる自分の命の使い方|庄内風土農園

つくり手ファイル|タネから教わる自分の命の使い方


庄内風土農園
阿部かおりさん
庄内風土農園は、山形県鶴岡市で「丁寧な暮らし」をテーマに自然栽培を実践する生産者自ら育てた作物から種を採り、繰り返し育てることで、その土地の気候や風土に根ざした持続可能な農業を行う。畑仕事とともに、梅干しやお味噌づくりも暮らしの一部として息づき、自然と寄り添う日々を大切にしている。
インタビュアー
株式会社いにしえイノベーティブコンセプター 新田 増穂
日本の衣食住、発酵文化をテーマとし日本各地に足を運び、その地の土壌、郷土料理などを学びながらレシピ開発、商品企画 及び飲食店、宿泊施設などの料理提案などを行なっている。

タネから始まる美味しい物語
山形県鶴岡市。日本海に面し、山々に囲まれ、なんだか私の育った神戸みたい!と胸を高鳴らせてやってきたのは、山形県鶴岡市。秋のお昼下がりは空がとっても澄んでいて、柔らかい風が吹き、とても見通しの良い平地。そんな、米や豆、果樹といった食材豊かなこの地域で今回伺ったのは、日に焼けた小麦色のお肌にキラキラした笑顔でお出迎えして下さった庄内風土農園の農主 阿部かおりさんです。
かおりさんは「タネからはじまる美味しいものがたり」をキャッチフレーズに、以前からなさっていた米、そして、草剤・農薬・堆肥・肥料を一切使わない自然栽培の様々な豆類、旬の野菜を作っておられます。
きっかけは、都内で事務職のお仕事をなさっていた頃はあまりご体調が優れず、食べ物が理由かもしれないと、ご両親が兼業農家だったこともあって地元に帰って自分でも作ってみようというところからでした。
最初は、大変だからやめた方がいいんじゃない?とも言われたそうですが、かおりさんの意志は固く、探究心からご両親とは別に新たな農法を試みるなんて料理家の私でも頭が上がりません。そうして2015年にスタートしたこの農園では“タネが大事”と全て固定種で育て、タネ取りを続けてまた翌年に…と本来の純粋な自然の成り立ちを大切に栽培していてます。その畑の中で植物が、自分達の力だけで命のバトンを渡し 引き継いでいるなんて。そしてそんな植物だけで生きる場所が人の手によってできたということに、心からの敬意です。

気候風土に身を任せ、無理をしない農との向き合い方
“自然栽培”というカテゴリの中でも、特に、堆肥を使わないという所は少なく、農園を始められてから植物達の循環の力に身を任せるまではきっと一定量収穫するのは大変だったことと思います。誰かから学んだ農法で…というのはなく、色んな人から色んな話を聞いたり農園を見たりして、いいなと思ったり自身が腑に落ちる形だったものを取り入れ、やってみて違うかもと思えばまた違う方法を試したり。そういったマニュアルのない中での試行錯誤の繰り返しの労力と時間は、農に携わった事のない私達が想像できるはずもありません。
とはいえ“自然栽培”に対してはとても柔軟な考えをお持ちで、気候風土の特性により、どうしてもなかなかできない作物もあったりで、できるように挑戦もしながらそれでも難しい場合はそこに力を入れ続けるというよりは、無理せずこの地に合った、トライしてみてよくできたものを中心に…という風に考え方を変えて、そこへ自身の好きな作物も加わったりしながら現在の食材のバリエーションが出来上がったそうです。
そうして自身で作れる範囲で丁寧に栽培、収穫された食材は 地元の方々にも美味しいと定評があり、自家製味噌にされたり料理教室に使って下さったり、皆さん色々な用途で楽しんでおられるようです。「自身で作れる範囲」といっても私達の想像するイメージよりもずっと広い伸びやかな広い敷地 5箇所ほどに点在した畑で、これをお一人で見ているなんてかおりさんのバイタリティーに圧倒してしまいます。
四季とともにある、昔ながらの手仕事
そんな、タネからの収穫までアグレッシブに畑に向き合う時期。相反して、お豆の選別などを作業場でせっせせっせとを静かに淡々と続ける寒い時期。年間を通してその季節毎の「昔ながらの手仕事」を心から楽しんでおられるかおりさんだからこそ、お一人でも為せるワザです。
不作の年も「人間から見たら〜」という前置きを付けるかおりさんは、人間都合の目線で農業を見ておらず、人が自然に太刀打ちできない中でどう食糧をお裾分けしてもらうか、といったようなことを、上手く楽しんでおられるように見えました。そうして、ああ、またこの季節が来たな、昨年はああだったな、今年はこうしてみよう、など、生活の知恵と多くの経験を重ねながら四季の移ろいを感じる、昔なら当たり前であった人々の“日々の暮らし”をかおりさんはまさに今、ご自身の人生として歩んでおられるのです。
そんなかおりさんのファッションはいつも、モンペに もう何年目か分からないという足に馴染んだ足袋。心地良さ、楽さからそのスタイルになったと言います。理に適ったものは昔の人の方がきっと良く知っていたのでしょう と話すかおりさんは、着飾らない本当の美しい人だと感じました。
そんなこの農園の大豆(品種:秘伝豆)を、実は私も既に「いにしえ」の商品にもなっている味噌で口にしておりました。その一口をずっとずっと巻き戻して、それが一番最初に生まれた場所に今自分がいるなんて。自然の食材は、そうしてタネから長い長い時間と数多くの手仕事の工程を経て、今こうして初めて私たちの食卓で目の前にあるのだなと、間にはどれほどの人の想いが加わっているのだろう、となんだか思い耽ってしまいます。そうしてこの記事を書く合間にも頂くかおりさんのお豆のお味噌汁を、改めてしっかり深く味わってみるのでした。見た景色とリンクさせながら、そこの食材を頂く。こんな贅沢なことはありません。インタビュアー万歳です。
そんな庄内風土農園の一年のスタートは、4月。種を蒔き、5月に田植え、野菜も一緒にスタートして、夏は畑と向き合い、そして秋に収穫が全部重なり、そこからはずっと作業場で収穫した作物たちの選別仕事。私達がお伺いしたのはそのまさに一番の収穫の繁忙期。それでも快く迎え入れて下さり「こんな時間が気分転換になるからありがとう」と優しいかおりさんだったのでした。農業界の女神様です。笑

自然のリズムに委ねた暮らし
生活スタイルをお聞きすると、起きる時間や食べる時間は決めておらず、朝起きた時にその日1日のすることを決めるそうで、天候や、時期によっても作業の種類は様々ですが、それらを「仕事」と捉えず楽しく行うことで、しなくちゃ!と強制的に自分のお尻を叩くようなことはしないんだそう。「もちろん田んぼの草抜きなど、忙しい時期はありますが、無理して何かしないといけないから田畑に行くというのは無くて、行きたい時に行く。心がすごく安らぐから畑に行きたくなる」というかおりさんは、きっと人が自然のリズムと一体化することが心身の正しいバランスを保てる一番であるということを知っているのですね。そうして時間に縛られず四季折々の自然と調和しながら暮らす人は、怠惰になるのではなく、むしろ健やかで穏やかに整った日々になるのだと感じました。
五感の回復と「心のおもむくままに生きる」ということ
元々都会でお仕事をなさっていた時よりも遥かに健やかになり、体というよりもまず考え方や五感が戻ってきた感覚があったようで、今では食材でも茹でた時の香りだけで違いを感じ、野菜の持つパワフルさ、エネルギーがわかる、と言います。すごい!! 本来人は、こうしてかおりさん同様、皆もっと動物的で鋭い五感で自然と共生して生きられる生き物であるにも関わらず、現代社会ではそんな元々持つ身体の力が弱まる作用がきっとあらゆるところで起こっているのだと感じました。私達は自然を感じる瞬間があまりに少なすぎるので、季節の変化も気温でしか感じることのできないこの都会で、体の不調が起きやすくなってしまうのは理由があるのでしょう。
農に携わる日々で自然の中で生きることで、体が「良くなる」というよりも「元に戻る」と感じたというかおりさん。これには、深く共感してしまうのでした。「頭で考えたことよりも閃いたことを大切にする。心の向くままに生きる」「その日に起きてやりたいと思ったことを優先する」そうした連鎖が、こうしてかおりさんのように各々の人生をどんどん輝かせていくのです。もちろん人間皆、左脳を使ってしなければならない実務も沢山あるのだけれど「心を、その日暮らしにする。」ということがとても大切だとかおりさんは言います。人としてというよりもシンプルに自身を「生き物」として見ているかおりさんのお話は、心から共鳴できるものがありました。
私のお話になりますが、以前料理家の仕事をしながら大きな畑付きの一軒家で暮らしていた時、辛い時は日の出と共にひたすら一人で何時間も農作業をして、土に触れてしばらくすると自然と涙も止まって優しい気持ちになり、とても不思議なパワーをいつも感じていた時期があります。そうして何かあればすぐ畑に出て土を触ったり、悩んだときは考えるのをやめて裏にあった丘の雑草の中で寝たり、好きなように自由に自然と生きていました。朝、日の出と共に毎日同じ順番で鳴き始める野鳥達や 木々のせせらぎを聴き、自分がその中で呼吸していると、なんだか思考がふわっと体から離れて自分がただの一つの生き物に思えてきて…。そんな私の沢山の体験が、かおりさんの貴重なお話に、深く頷けるものとなったのです。
丁寧な暮らしと、「当たり前のこと」を当たり前にする
どうせ死ぬんだから、思いっきり人生を好きなように全うしたい。これからも自分で食べるものくらいは自分で作って食べるし、利便性を求めて機械ばかりではなく、先人達がやってきたように当たり前にタネから自分で育てたものを自分で食べ、手作業でできることはして、体や手を使うような暮らしをずっと続けていきたい。そうして「衣食住」を丁寧に、昔から変わらない、当たり前のことを当たり前にすること。そう話すかおりさんの目はとても深く澄んでいて美しく感じました。将来は可愛いおばあちゃんになるのが夢だそうです。
後日エピソードですが、かおりさんが育てている豆のうちの一つ“ささげ”。この時私は食べたことがなかったのですが、偶然にもこの取材を終えた少し後に、友人から頂いた淡い小豆色の羊羹があまりに美味しくインターネットで調べると、まさしく“ささげ”の羊羹でした。そうして、気づかずに見過ごしてしまうことに気付けた自分にちょっとした嬉しい気持ちになったり、私達が生きていく上で切り離せない「食材を頂く毎日」というのは、農園で教わる様々なお話でいとも簡単に益々豊かになるのだなと感じました。かおりさん、本当に有難うございました。