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5、命を大切にする文化の育成と農業への着目 【R6.9月インタビュー5/10回目】

 >こちらは、令和6年9月に慶應義塾大学院の林さんの研究の一環として受けたインタビューを文字起こししたものです。パターンランゲージという学問で、自然と調和する生活を送るためのヒントを調査研究されています。<

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林:

農業や食に着目した理由を聞いてみたいです。野生動物の保護活動を通じて、「自然の一部として生きる」という感覚や視点が大事だと学ばれたと思います。それを実現する方法は色々ありますよね。たとえば、林業や衣服を作ることを通して、自然との関わりを感じる方もいますし、食以外にも自然との関わり方は多くあります。その中で、なぜ農業や食に着目されたのか、理由があれば教えてください。

井形:

その起点は、「命を大切にする文化を育てたい」という思いです。

林:

それは保護活動の時からですか?

井形:

そうです。もともと、動物を邪魔者にする農業に憤りを感じていました。そこで、180度考え方を変え、動物を仲間にし、いればいるほど良くなるような仕組みを見つけ出せば、農業を変えることができると思ったんです。野生動物を邪魔者扱いしていた産業が農業だったから、農業を変えていこうと思いました。

林:

そのようなつながりだったんですね。

井形:

そうですね。自分の人生の目的が「命を大切にする文化を育てる」ということなので、それをどの分野で実現するかを考えた時に農業という分野を選びました。もしかしたら医療でも良かったかもしれないし、食や福祉の分野でも良かったかもしれません。いろいろな選択肢はあったと思いますが、農業に対する憤りがきっかけとなり、それを180度反転させることが1つのアプローチとして農業から始めるのが良いのではないかと思いました。

林:

そして、農業という分野において、さまざまな農法がある中で自然栽培に出会ったのですね。

井形:

そうです。生き物と共生する農業があるのではないかと探していましたが、農家の人に聞くと「そんなものはあるわけない」と言われ、馬鹿にされました。それでも、私はあるはずだと思っていました。冬水田んぼが1つの例だったので、田んぼ以外でも同じようなことができるのではないかと模索していました。

そして、自分が命を大切にするというだけではなく、「命を大切にする文化を育てる」という視点で考えると、規模感が変わってくるんです。木村秋則さんの本を読んだり、テレビで見たりしていましたが、最初はあまりピンときませんでした。彼が話している中で「虫を取らなきゃいけない」「憎き虫だ」という言葉が出てきて、虫を殺すという行為が自分の考えとは違うと感じ、距離を置いてしまったんです。

ただ、木村先生は、憎き虫と言ったりもしますが、「顔を見ると可愛いんだよなぁ〜」といって、本当に憎んでいるわけではないということだけ補足しておきます。

でも、その後、自分がやっただけではためだ、仕組みを変えて「文化を育てるんだ」という視野を持ち始め、俯瞰して物事を見るようになった時、だんだんと考え方が変わってきました。そして、ちょうどそのタイミングで『奇跡のリンゴ』という映画が始まりました。しばらく忘れていましたが、リンゴ農家の映画が上映されていることを思い出し、見に行くことにしました。

その映画を見ているうちに、雷に打たれたような感覚がありました。「これだ、これだ」と思いながら見ていて、そこから木村秋則さんという人物に深く興味を持ち、「会いたい、話したい」という思いが生まれました。

林:

その過程で、自然をヒントに学び取るという考え方を学び、実際に木村さんのところで学んだ後、自分の実践に戻られたという感じでしょうか?

井形:

当時は農業研修を受けていて、普通の農薬を使う果樹園で1年間研修をしていました。その時は、独立して果樹園を始めようと考えていたのですが、なかなか農地が借りられず、思うように進みませんでした。それでも、そういった農業の可能性を探し続け、自分で組織を立ち上げて、農家を集めながら販売を進めていくうちに、何かヒントが見つかるのではないかと考えていました。

その後、同じ研修を受けた農業法人から声をかけられ、「この中でちょっと仕事をしてくれないか」と頼まれ、販売促進の担当をやることになりました。畑での作業ではなく、商品を売る仕事でしたが、それでも良いと思いました。その時に木村秋則さんを知り、彼の畑を訪れる機会がありました。研修先の社長に「木村さんのところに行ってきます」と言ったら、「おお、行ってこい、そんなもんちゃんとできるわけないんだから」と送り出されました。でも私はワクワクしていました。

木村さんの畑に行った時、雰囲気が全く違い、同じ品種のリンゴなのに味が全然違うことに驚きました。「これは本当にできるんだ」と確信しましたね。ワクワクしながら帰ってきて、そのことを社長に伝えたら、社長から「井形くんとは考え方が違うようだ」と言われ、その数ヶ月後には辞めるかどうかを迫られました。私は「出ていきます」と言い、ちょうど良いタイミングだと思って山の中の誰もいない場所で畑を借り、リンゴとモモを作り始めました。

これは既存の農家さんも同じ想いだと思います。農薬を2割減らすことで「篤農家」と言われるくらい難しいことりんご栽培を、無農薬でやってしまったら認めたくないのは当然です。

そこで初めて、自然栽培の実践を始めました。それまでは自然栽培について知ってはいましたが、やりたくてもできる環境がなく、実践はその時から始まりました。

林:

自然栽培じゃない実践はどんな感じだったのですか?

井形:

そうそう、少し果樹園のお手伝いや、一部でカボチャなどを作ったりしたことはありましたが、ほとんど実践とは言えませんね。お手伝い程度のものでした。

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この記事を書いたのは

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代表取締役
井形 誠
2007年ころから、「あらゆる生き物と共存する農業の仕組みを作る」と自分の方針を固め、自然栽培の農業研修を受け、自然栽培食品店の責任者をし、自然栽培の果樹園を拓きました。 農業に転職する時、「販売の得意な農家になれば、後発農家も優位に立てる」と考えてマーケティングを勉強し、それを活かして「やればやるほどに自然が豊かになる農業」に取り組んでいます。 『薬に代わる食』『人と地球の健康を改善する』『いのちを大切にする文化を育てる』そんなテーマに共感できる方々を前進していきたいと考えています。

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